ゴールデンな VS
(バーサス)vv A
 

 

          




 今年のゴールデン・ウィークは微妙に連休ではなく、真ん中の月曜が平日扱いになったサラリーマンの方も少なくはなかったようだ。その月曜に試合があって、普段なら翌日の半日だけのところ、今回は丸々1日と半分が練習がお休みとなったセナは、わざわざのメールを頂いてのお招きにあずかり、どちらかと言えばまだ“朝”の内に入るだろう時間帯にもかかわらず、ちょっぴり懐かしい泥門市の駅前にいた。学校に用がある者やここがお互いの家からの中間地点になる者同士などが待ち合わせに使う場所なせいか、祭日のこんな時間でも、学生風の若者の姿がちらほらと自分のような人待ち顔で立っており、
“ボクらは、こんな早い時間に此処でって待ち合わせはあんまりしなかったかな?”
 こちらが一年の時に出会い、それから…進さんの側から興味を持ってくれての、ちょっぴり奇妙な“待ち合わせ”が、フィールドの外での自分たちのお付き合いの“始まり”で。お互い放課後の練習が終わってからとなるから、さすがに毎日とは行かなかったが、それでも結構な日数
ひかずをこの駅前で待っててくれた進さんで。
“…あれって、随分と大変だったんだろうにね。”
 進さんが通っていた王城高校は、此処からだと快速の停車駅を幾つも挟むほど距離がある。そこから…時間の問題の他にも、自分の部の練習もあったろうから疲れてだっていただろうに、出来る限り彼の側から足を運んでくれていた訳で。
『総合練習が毎日あった訳でもないのでな。』
 自主トレでは、泥門高校のご近所まで至る黒美嵯川沿いのジョギングコースを走るというメニューを、つい多めに選ぶようになっていたかなと、彼なりの“ちゃっかり”もしてはいたぞと話してくれて。
“………ちゃっかり?”
 そればっかが目的じゃあないのだろうけど、セナくんに逢いに行くその片道でトレーニングもこなせるのならばと、よく走ってた誰かさんであり。そんな動機だったのが、彼としては初めての“鍛練へ乗っけるには不謹慎な便乗”にあたったんではなかろうかと。そんな初歩的な一石二鳥くらいで“好きなセナくんのためにやらかした ささやかな冒涜だ”なんて言わんばかり、大胆だろうがと大威張りで胸を張りかねない人だったということで。そうと思えば可愛いもんじゃあないですか、あの仁王さんたら。
(苦笑)
“う〜んと。///////
 何故だかセナくんまでが照れてしまい、ちょっぴり俯いて足元を見下ろしていると、背後のホームへ列車が入って来た気配が響く。庇を支える頑丈な柱に凭れたまま、首だけをそちらへ伸ばしてみれば、春というより初夏向きじゃないかというような、目映い陽射しに張り合うほどもの明るい色合いのいで立ちをした乗客たちに混じって、
「あ。//////
 お待ちかねの人が改札までの短い階段を降りて来て。カジュアルなおしゃれをした人々に混じっていると、浮くよりいっそ沈んで見えるような、U大アメフトチームのマークロゴが入ったアイボリーのパーカーと、ボトムは木綿のワークパンツ。たまたまセナも、フードのついた薄手のトレーナーにカラージーンズといういで立ちであり、柱の陰からひょこりと顔を出すと、無表情のまんまな進さんの表情の、目許にほのかに和んだ気配。
「待たせてしまったな。」
「いいえ。さっき来たとこですvv
 春のリーグ戦の間は、此処の隣り町にあるF学舎のクラブハウスで合宿中の進さんだからね。家まで迎えに行くというメールを頂いたのへ“待ち合わせにしましょうよ”と提言したのもセナの方。だって、目的地は“此処”なんだもの。
「あのグラウンドがそんなになってるなんて、気がつきませんでしたね?」
「ああ。」
 二人並んで歩き出すのは、泥門高校へと向かう方ではなく、線路を挟んだ反対側。新興住宅地や文教地区内の緑地公園として整備されていて、幅のある舗道もジョギングコースやサイクリングコースとしての専用レーンが並行して走っているという、スポーツ施設としての機能も兼ね備えた広々とした公園があって。こんなお天気のいい祭日は皆考えることも同じなのか。駅の同じ側へと降り立った人たちのほとんどが、自分たちと同じコースへと歩みを進めているのが妙に楽しい。その昔、ほんの3年ほど前のこと。何だか妙な流れから、あの駅での待ち合わせをすることとなった二人は、当然っちゃ当然のことながら、その頃はまだ、今のように…逢えば心浮き立つというような、可愛らしくも判りやすい間柄ではなかったので。顔を合わせてそれだけで“じゃあね”と別れるのも何だしと、少しほど歩きましょうかなんて、何ともぎこちないやりとりで何とか時間をつないでいて。
“…何とかってのは何ですよ。”
 あら、だって。逢ったところで共通の話題はなかなか無かったのでしょう? 進さんはそれでなくたって寡黙で無口で無表情な仁王様だし。そんな静謐さから醸し出される重厚さが最初のうちは何となく怖かったから、下手な話は振れなかったセナくんだったしで。なのに…何でだか、

  ――― 早く帰ってもらおう、お引き取り願おうとは…あんまり思わなかった。

 名乗る前からあっさりと、アイシールドで顔を隠してた“謎の俊足ランニングバッカー”だという正体を見破られ。だとして…一体何の用があって日参して下さるのかが、一向に判らなくて。そうこうしながらも何度も何度もお逢いしているうち、間近に居てこそ気づける彼の色々が見えて来て。大人びた風貌に、重厚な雰囲気。高校最強最速と謳われ、社会人チームからでさえ“今すぐ欲しい人材だ”と大人のレベルでの即戦力を見込まれていた、アメフトの世界では超一線級の人…だったのにネ。携帯電話の使い方も、コンビニおむすびのパックの剥き方も知らなかった。その時々に一番流行ってた唄も、バラエティ番組や人気コメディアンのギャグも知らない。早いとか凄いとかキモいとかの、最初の2音以下は省略する、早
はやっとか怖こわっとかいう今時の話し方がなかなか把握出来なかったそうで、
『何で“全然”なのに“大丈夫”なのだ?』
 全然というのは“全く歯が立たないほどだ”と否定する時の言い回しだろうと、真剣に小首を傾げてらした。最近では、メモリー内蔵タイプの超コンパクトなデジ音モバイルを、立て続けに3つも壊したそうで、
『この分野に“G−ショック”が手を伸ばしてくれるのを待つしかないかもね。』
 いくら何でも、握ってとか摘まんで壊すか? 普通…と、桜庭さんが呆れていたほど。ブームや何やという最先端にはあんまり詳しい方ではないセナでさえ、あまりに会話が成立しなくてビックリしちゃったほど、本当に何にも知らない進さんで。
『小早川は何でも知っているのだな。』
 そんな畏れ多いことまで言われて、気がついた。自分が最優先で打ち込んでいるものへの途轍もない集中と傾倒が、彼を…その他を全てごっそりと持たない身の上にしている、随分と偏った人にしているということ。アメフト世界ではとんでもない超人なのに、実は日常のあれやこれやが“ぼこぉっ”と欠けている人でもあって。
“…でも、だからって全然困ってはいなかったんですから。”
 むしろそれって凄いことですようと、セナとしてはますます感心しちゃってた。だって、そんなもの、彼には要らなかったの。超越していることを意識しなかった。人の輪から外れていることが怖くはなかった。ただひたすら、ただ黙々と、明日へと連れて行って恥ずかしくない“強くて正しい自分”を築いてた。凛とした眸の深色も、孤高の高みに立つ横顔の冴えも、誰かや何かを伺いもせず、頼もしいまでの自負でもって悠然と立っていた彼だからこその、真の強さの現れで。いつだって他人の顔色を窺って生きて来たセナには、夢のような強靭さであり自信であり。
“だから尚のこと、なんでボクなんかにって思ったものね。”
 なんでボクみたいな頼りなくて情けない子に、関心を持ってくれたんだろうって。脚が速かったから? でも、それってアメフトをしている時だけの話ですよ? 日頃のボクのそそっかしさとか子供っぽいところを見ていたら、きっと幻滅しちゃうばかりだったろうにネ。他愛のないことへコロコロと表情を変えて、よく笑うセナくんのことが無性に気に入ったらしいよと、これも桜庭さんに言われて照れちゃったな。///////
「?」
「あ。あああ、えっと…あの…。///////
 急に何かしら考え込んでしまって、一体どうしたのだと。そんな想いをたたえた眼差しでお顔を見つめられてしまい、そこはさすがに、即座に我に返って あわあわと慌ててしまったセナくんで。いやはや相変わらずなようですよ、この人たちったら。
(苦笑)






            ◇



 幸せのあまり、セナくんがちょっくらトリップしてしまったものだから、話が途中から大きく逸れてしまいましたが。
(うぷぷvv) セナくんがついつい思い出していた、お懐かしい“出逢い”からこっち、大好きですよの深度ばかりが増すだけでなく、一応の紆余曲折などなども様々にあったその結果。今となっては相思相愛、ラッブラブの彼らが久々のお休みの逢瀬の場所にと選んだのは。毎度お馴染みの繁華街Q街ではなく、体を動かすジョギングデートにと使っていた、泥門駅傍の緑地公園。此処の奥向きにあった、寂れた競技場跡で、気温が下がって来た秋口などは たかたかと走って体を温めるという、いかにもスポーツ選手らしい(?)出合いをしていたのだが、そういえば…昨年に入ってからはセナが受験生になってしまったこともあり、お互いに近場となったというのに、あんまり足を運ばなくなっていたような。そんなブランクの間に一体何があったやら、
「桜庭さんもよくご存じだったですね。」
「ああ。」
 今日のおデートの切っ掛けとなったのが、桜庭さんからの進さんへのメールで。

  【覚えてるかい? 泥門の緑地公園の奥の競技場。
   すっかりと模様替えして、この春から新装開店なんだってよ?】

 そういえば桜庭さんもご一緒して下さったこと、ありましたよね。あの頃はまだ、蛭魔さんとは今ほど親しくなってなかった頃ではなかったか?
「新装開店って、何が出来てるんでしょうか。」
 周囲をゆく他の方々も、恐らくは同じ場所へと向かっているらしく。お友達同士から家族連れまでと、許容年齢層はなかなか広そう。女の子たちがさほどふわふわ系のおしゃれをしている訳ではないところを見ると、場所柄から言っても“体を動かすような何か”ということで。ジョギングコースのその奥の、カラーアスファルトの新しい誘導ラインに沿って進んでゆくと。
「…あ。」
 見えて来たのは、鮮やかな緑の森と…丸太の色々。そう、あの競技場を含む、奥のあたりの人の手が入っていなかった辺りが全部、何とこの春から“フィールド・アスレチック”が楽しめる公園へと様変わりしていたらしいのだ。元は遊歩道沿いの並木だったりしたのが育った周辺の木立ちは、そのまま森のような背景として残しつつ、丸太をロープで頑丈に組んでの、お城やジャングルジム、もしくは秘密基地風の遊具を色々と並べてコースを設け、足場がブランコ状態になっている吊り橋や、吊り下げられたタイヤに掴まって滑空するロープウェイなどを渡りつつ、何百mか先のゴールまで。小さな子供でも遊べる初級者コースから、大人がところどころで抱っこしてあげて遊びましょうというファミリーコース、池の杭渡りなんていう難しいものが入っている上級者コースまでがあり、
「コインランドリーとシャワールーム付きの更衣室もあるんですね。あ、スポーツウェアや運動靴の貸し出しもやってる。」
 池への挑戦で万が一落ちても、服を乾かせますよということだろう。丸太のアーチをくぐった先の受け付け脇に立ててあったスタンドから、パンフレットを貰って説明を読んでいたセナが、サービスの万全ぶりと施設の充実ぶりに驚いている傍らで、こちらさんは場内見取り図という大きな看板を見上げていた進さんが………とんでもないことを呟いて下さる。

  「競走だな。」
  「え〜〜〜?」

 フィールドの外では特に敵愾心を燃やすタイプではない進さんなのにね。ましてやセナくんが相手なのに。体力だけを頼りにゴールを目指すというパターンなのが、そんな反応を招いたらしく、

  “それって…vv

 おいおい、セナくんも。何をリアクション間違いしてますか。
“だってだってvv
 あのね、いつだって町を歩くときは優しくエスコートしてくれてる進さんだのに。これって“そういうの無し”って思って下さったってことでしょう? やっと対等に捉えて下さった、だなんて思うのは、それこそ大仰だけれども、くすくすと悪戯っぽく笑ってる、楽しそうな進さんだというのが珍しいことで、こちらまでがますますとワクワクしちゃったセナくんであり、
「判りました。」
 じゃあ、競走しましょうね。早くゴール地点についた方が勝ちですからね。賞品は何にしましょうか? 勝った方の言うことを1つだけ、何でも聞くってことにしようじゃないか。よ〜し判りましたと、大きな瞳をきらきらと元気に瞬かせ、胸元へ“ぐう”を握って受けて立ったセナくんが、
「あ、でも。」
 体格や腕力の差から、得手・不得手に開きが出ることを、何かハンデで詰めるのかなと、話の先を促すように見やった進さんへ、

  「施設の何か、どんな小さな一部でも壊したら、
   一か所につき5分マイナスのペナルティですからね?」
  「………う"。」

 絶対に申告して下さいねと、にっこり笑うお顔はいつもの柔和なそれなので、特に何かしらの他意は無いものと思われるのだが………進さんの側しか やらかさないだろうペナルティ設定みたいな言い方といい、そんなことをさらりと言い出せるようになっただなんて、
“実は…見えてないところで、よっぽど迷惑をこうむってたセナくんだとか?”
 さぁあ、どうなんでしょうかねぇ。…って、あらあら、こんなところにおいでとは奇遇ですことvv 筆者が思いがけない人とご挨拶を交わしているうちにも、身軽な韋駄天くんと、クラッシャーな仁王様、スポーツタイプの腕時計を“ラップ計測モード”で突き合わせ合って、

  「よーい、ドンっ!」

 おおう、周囲に居合わせた人たちが余波を食らってたたらを踏んだほどの勢いで、凄まじい加速のまま、飛び出してった二人であり、
“セナくんも案外と、その気になっちゃうとノリがいいみたいなんだ。”
 おやおやと苦笑をしつつ、こっそり携帯電話を取り出したのがこの人だということは、この、泥門市&イルマ・フィットネス協催“フィールド・アスレチックパーク”って…。
(苦笑)










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  *一般参加の方々には大迷惑なコンビの挑戦ですが、
   はてさてどうなりますことやらvv